ロシャク・プーシキン名称国立造形美術館館長及びユスポヴァ同上級研究員・東洋絵画・版画首席学芸員への叙勲伝達式における上月大使祝辞

令和元年11月1日

この度は,ロシャクさんとユスポヴァさんが,天皇陛下より叙勲を受けられたことに対して,本日お集りの皆様とともに心よりお祝い申し上げます。 本日は,私にとり大変喜ばしい日であります。ロシャクさんとユスポヴァさんに叙勲を伝達できるからです。 私が,最初にプーシキン美術館を訪問したのは1978年になりますが,このときの感激は今でも覚えています。日露交流年の開催は,大使としての夢でしたが,最も重要かつ印象に残っている行事の一つが,まさにプーシキン美術館で開かれた「江戸絵画名品展」でした。そして,そのキーマンが,ロシャクさんとユスポヴァさんでした。本日は,日露交流年だけではなく,幅広く日本文化を紹介してきた両名の功績について,紹介させて頂きたいと思います。


まず,ロシャクさんから紹介致します。ロシャクさんは,2013年からプーシキン美術館の館長を務めていますが,その間,館長として,日本美術に関心をもち,その紹介に尽力されてきました。特に代表的な功績が,「江戸絵画名品展」です。通常,この規模の展示会を実施するには,最低でも2年から3年の準備期間が必要と言われ,その実現は容易ではありませんでした。しかし,ロシャクさんは,館長として強いリーダシップを発揮し,関係機関と自ら調整を行い,一年という短い期間で実施にまでこぎ着けました。その尽力の甲斐あって,我が国の国宝を含む江戸の傑作を,約2ヶ月で12万7600人という多くの方にご覧いただくことができました。 また「日本におけるロシア年」の枠内で開催された「プーシキン美術館展-旅するフランス風景画」展の実施に関しても,ロシャクさんは自館のコレクションの中でも最高レベルの作品を日本で展示したいとの思いから,選りすぐりの絵画を同展覧会のために提供しました。同展示会は,日本にいながら世界的に著名な絵画を観れるとの好評を博し,約半年間で実に38万人以上が来場するという大成功をおさめました。 また,現代美術に明るいロシャクさんは,これまでロシアで紹介されたことがない,森村泰昌氏や川俣正氏という日本人の現代美術アーティストを発掘し,その作品を自らのイニシアティブで,伝統あるプーシキン美術館で展示して下さいました。これらの展示会を見ても,ロシャク館長が,様々な分野の日本美術の普及に尽力され,日露文化交流にどれだけ貢献されたか感じて頂けるのではないでしょうか。


次に,ユスポヴァさんについて紹介したいと思います。ユスポヴァさんは,ロシア国内における数少ない日本美術の専門家として,国立東洋美術館,クレムリン美術館及びプーシキン美術館において,30年以上に亘って一貫して日本文化・美術関連事業の企画に携わり,ロシアにおける日本美術の紹介や日露美術交流の発展に多大な貢献をしました。特に先に述べた「江戸絵画名品展」では,東京国立博物館等の日本芸術界との強固な人脈を活用して,門外不出の作品の展示を取り付けました。約110件にのぼる傑作を工夫して展示し,日本文化の多面性,具体的には,貴族の文化,侍の文化,庶民の文化の違いを効果的に示しました。特に,正面玄関を入った階段を上ると国宝「鷹見泉石像」が正面に姿を現し,階段を振り返ると,見事な「風神雷神図屏風」が堂々と立つ構図は,今でも頭に焼きついています。短時間で大規模海外展を実現するためには,様々な困難を乗り越える必要がありますが,それを克服できたのは,現地で信頼できるキュレーターがいたからでした。

ユスポヴァさんの貢献は,日露交流年にとどまりません。過去30年に亘り,一貫して日本文化を紹介し,様々な展示会で重要な役割を果たされています。2008年には刀の展示会である「サムライ:戦いのエリート達の秘宝展」を実施し,当時のドミトリー・メドヴェージェフ大統領も訪問しています。また,2014年の「樂-茶碗の中の宇宙」展についても,ロシアでは我が国の茶道について一般的に広く知られているとは言いがたいなか,日本専門家であるユスポヴァさんによる巧みな展示により,大きな評判を呼びました。また,プーシキン美術館には数千点もの浮世絵が保有されていますが,浮世絵の専門家であるユスポヴァさんがこれらを整理して,そのうち600点を公開する,デジタル浮世絵サイトを開設しました。このようなユスポヴァさんの一貫した日本文化への貢献は,我々にとり大変有り難く,心強いものがあります。 ユスポヴァさんのお父さまであるアブドゥラザコフ・イシェンバイ氏は,ソ連外務省日本課長を経て,キルギス大統領顧問を務められ,私も若い頃から名前を知っています。本日は,お嬢様が日露の文化貢献のために叙勲された,この晴れ姿を天国から見守ってくれていることと思います。


最後に,日露文化交流の発展と相互理解の深化に貢献された両名の功績に,改めて敬意と祝意を表すとともに,プーシキン美術館の益々の発展と,両名の一層のご活躍,そしてそれが日露文化交流の更なる深化を促すことを期待して,祝辞とさせていただきます。